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人間ドックの結果

会社の福利厚生で人間ドックを受診した結果が届いた。以前から指摘されているいくつかの「要経過観察」の項目以外に、去年までと決定的に違うことがひとつだけあった。

子宮筋腫の判定がなくなってた!

ぱちぱちぱち。

自慢じゃあないが、10年近く前から「歳のわりに大きい子宮筋腫がある」「これ以上大きくなったら切ったほうがいいかもしれない」と言われてきた筋金入りの筋腫持ちなのだ。
2005年に脳膿瘍で入院/手術し、原因菌特定のために全身いろいろな検査をされたときにも「この子宮筋腫はいずれ切除が必要になる可能性もあるので、入院している間に手術したほうがラクかもしれない」と指摘された。しかし当人、あまりにも手術後の経過が悪く苦闘の日々だったので、これ以上つらい目にあいたくなくて、結局手術しなかったのだけれど。その後、肥大化予防に効果がある低容量ピルを数年飲みはじめたためか、毎年の検査のたびに子宮筋腫や子宮筋腺症とは指摘されるが、日常生活に支障がある(月経過多とか)んじゃなければ今すぐ手術はしなくてもいいでしょう、という感じだった。

でも今年のドックでは、診察担当の先生に「ずっと子宮筋腫があるって言われてきた」と言っても、「触診の結果として、子宮筋腫という診断はありません」ときっぱり。つまり、手に触れない程度の非常に小さいものが残っている可能性はあるけれど、少なくとも触診で判別不能なくらい非常に小さくなっているってことだ。

子宮筋腫の治療は、基本的には薬物療法(卵巣の動きを止めて云々ってやつ)か外科的処置になる。東洋医学的なアプローチ(漢方療法とか)は、もちろん選択肢としてはあるんだけれど、少なくとも「自然に消滅する/小さくする」ことはあまり期待できない病気のはず。

なんでだろう・・・?

って考えてみて唯一思い当たるのが、1年半ほど、食生活をゆるいマクロビオティックに移行していることだ。というかそのくらいしか思いつかない。

横森里香の「地味めしダイエット」によると、彼女は妊娠を望んでいたが大きな子宮筋腫を持っていたので非常に難しく、でも手術をしたくない一心で民間療法の先生に薦められて、マクロビオティックの食生活をはじめたらしい。そして結局、筋腫を克服(消滅したのか縮退したのかは今わからないけど)して、見事自然妊娠/出産をしたとのこと。

わたしは当時の彼女ほど厳格な食生活ではないが共通点は非常に多いので、その効果かなあと思っているんだけれど・・・だとしたらすごいな。
彼女の本、肝心の「愛しの筋腫ちゃん」を読んでいないので今度読んでみよう。そして共通点やらなんやら、確認してみたい。

しかし、これが単なる先生の誤診だったら実にガッカリだな。一度きちんと超音波検査してもらおうかしら?
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脳膿瘍全記録

わたしの父は記録魔で、いろいろなことをレコーディングしている。
リタイアした今でも能率協会の能率手帳を買い、日々のできごとを書き記しているし、車の走行距離も毎日必ずレコーディングしている。

脳膿瘍で入院して3年経ったけれど、そのときのできごとも能率手帳とは別の手帳に克明にレコーディングしていて、退院後ずいぶん経ってからプレゼント(?)された。せっかくなのでデジタル化しようと思いつつ何年も経ってしまったけれど、やっと完了したので全部いっぺんに掲載することにした。
症例の非常に少ない脳膿瘍なので、本人や家族の参考になれば幸い。

※2005年?2006年にかけての記録です。すごく長いです。

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

輝け!激痛選手権

入院中は様々な痛いことを経験したので、本日はその「痛さ度合い」に着目して激痛選手権を開催します。

それでは選手の入場です。パフパフ?
(エントリーは発生順)

エントリー?1:下腹部からの血管カテーテル

エントリー?2:部分麻酔での手術

エントリー?3:ドレーン(膿を出すための管で数日刺しっぱなし)跡の縫合

エントリー?4:抜糸

エントリー?5:点滴1.5ヶ月間

エントリー?6:骨髄液の採取

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今ある後遺症

今日、約2.5ヶ月ぶりに出社して今後の復帰計画などを話してきた。上司や人事担当なんかと。
みんな私の体調を気遣った上で、無理のないペースで元の仕事に復帰させようと考えてくれていた。特に上司って人は(熱いところはあるが)基本的にクールな30代後半なんだけど、私の体調をむちゃくちゃ気にしてフェイルセーフの方向に考えてくれていて、ちょっと感激してしまった。

今もまだ残っている後遺症みたいなものは何か?と聞かれることは当然予測できたので、それに関してはあらかじめ「どんなかいな?」と考えておいたんだけど、

1. 顔の左半分が若干歪んでいる
2. イマイチろれつが回らない
3. たまーにコトバが出てこなくてうまく喋れないことがある
4. 左手が少し麻痺しているのでキーボードが打ちにくい
5. 無意識ではキーボードが打てないときがある(忘れてる)

って感じかと思う。
で、2と3が仕事には最も影響する。やっぱり喋りは重要。でも、既に本人以外にはほとんど気づかれない域に達しているので、あんまり問題ない。
4と5はIT業界であるため仕事に影響すると思われがちだけれど、実際にはオペレータでもプログラマでもなく、企画書書いたり要求定義やらプロモーション計画やら進捗状況やらを書いたりするのが主だから、「ゆっくり喋る速度でキーボードが打てる」必要は全くない。その1/3程度の、現在のペースでも充分仕事になる。ただ、その速度で打てないことで本人が異様にイラつくだけだ。
そしてモデルさんとかではないので、当然ながら1は全く全然関係ない(笑)。

ということで何も問題ない、という結論に到達しました。
後は、ちゃんと9時に間に合うように起きられるかが一番の課題。まあこれは病気以前からずっと、最重要課題だったんだけど(笑)。

リハビリについて

手術後すぐに開始すべきなもの、それはリハビリ。

リハビリには大きく分けて3種類ある。

1. 理学療法 → 運動能力の回復
2. 作業療法 → 日常生活に必要な技能・作業能力の回復
3. 言語療法 → コトバの回復

例えば整形外科に罹っている患者さんの場合には3は不要だし、それが足だった場合には2もほとんど要らなかったりするわけだ。
当然私のケースでは、1-3まで満遍なく必要となる。

手術後数日はベッドサイドで、車椅子で移動できるようになってからはリハビリ室に移動して、毎日2時間程度のリハビリを行う。
左足の麻痺はかなり軽かったので、理学療法はやりやすかったし成長もめざましかった。すぐにつかまり立ちができるようになり、手すりに沿って歩いたり杖をついて歩けるように。

問題は作業療法と言語療法。

作業療法は主に手を使うことになるのだが、とにかく左手が動かない。まったく動かない。
どのくらい動かないかというと、腕は最大で地面と水平までしか上がらない。痛くはないんだけど、それ以上上げようと渾身の力を込めても無駄。手はまったく開かないしほとんど閉じない(開こうと試みていることすら分からない、閉じようと試みていることは分かる)。

こういう状態が1ヶ月近く続いた。左手は浮腫んでがさがさになり、腕はすごーく細くなった。何日経っても何ひとつできるようにならないので、リハビリすること自体への張り合いも無くしつつあった。予想に反してなかなか回復の兆しが見られないため、療法士の先生たちに聞いても、どこまで機能が戻るかはなんともいえない感じだった。

ところが年末年始、4泊の仮退院が許可されて実家に帰ってみると、なぜか少しずつ左手が動くようになったではありませんか!
最初は小指から、だんだん薬指、中指と、不完全ではあるがゆっくりと曲げ伸ばしができるように。人差し指と親指はほんのちょっとだけしか動かないけれど、でも「動かしていること」がはっきりと分かるようになった。
やっぱりずっと病院にいることで、色々とストレスが溜まっていたんでしょう。実家は私の居場所もないし、比較的落ち着かない環境ではあるのだが、それでもまあ病院よりはずっとマシだ。

ということで年始からは、作業療法にも積極的に取り組むようになりましたとさ。
ちなみに作業療法だけは、今も外来で週2回リハビリを受けている。

最後に、最大の鬼門、言語療法。
これがもう、めちゃめちゃにつらい。どうつらいって「自分がいかにバカか」を日々確認するようなものだから。いや、言語聴覚士の先生はすごくいい先生だった。いい先生だったんだけど、言語療法というリハビリそのものがそういう残酷な性質を持つものってこと。

私は「考えて答えること」「パズルのようなものを解くこと」が全然できなかった。
例えば「洗濯は何のためにするものですか?」という問いに答えられない。無理やり導いた答えは、「洗濯機があるから」。(これは事実)
あるいは「知っている野菜を5つあげてください」という問いに2つしか答えられない。(これも事実)

ほんとーにバカだ。バカになったことだけがはっきり分かる。
元の職場に戻ることはおろか、こんなにバカでは単純なルーチンワークにも就けないであろう。
私は昔から、国語力や知能テスト的なことには絶対的な自信があった。それがまったく働かなくなってしまったことに、ものすごく落胆した。落胆なんてものじゃなくて、プライドも自尊心もズタボロのシオシオのプーだ。

そりゃいずれはある程度回復すると分かっていることだけど、自分のバカらしさ(昔からバカらしいよって?)を確認してうんざりする毎日で、なかなか変化が感じられない。そうこうしているうちに、言語療法を受けること自体が怖くなってしまった。

今日こそは大丈夫、きっとうまくできる、と思って席に着く。
先生が質問する。それは簡単なはずの質問だ。きっと答えられる、と思う。
でも答えは思い浮かばない。気持ちは焦るが、焦れば焦るほど答えからは遠ざかり、頭の中が真っ白になる。その繰り返し。

これについては、手の麻痺のような劇的な変化があったわけではなく、徐々に回復していった。今思えば、そういう恐怖も含めて療法士の先生に訴えればよかったのだけど。

今でも時々、あの時みたいに頭が真っ白になってしまうことがある。それは「答えが分からない」というより、ろれつが怪しいのでうまく喋れないかも→焦る→ろれつだけでなく内容も変になる、という感じ。まあ、本人以外には内容が変(本人の表現したかったことと違う)とは分からないと思うけれど。
でも、初対面やあまり親しくない人との会話はニガテになった。特に社交辞令で物事をデフォルメして言ったり、工夫して言ったりするのはやっぱりちょっと難しい。

なので、今私に褒められた人は、社交辞令なんかじゃなく100%本心で真実なので、充分に喜んでいいよ。私に褒められてもどーってもんでもないが(笑)。

テーマ : 病気
ジャンル : 心と身体

ちょっとだけ危機

手術が終わった後、一度だけ「かなりヤバイ」状態になったことがある。
というのも、手術をしてから10日くらい経った頃、目に見えて意識が混沌としてきた。といってもこれまた自分ではよくわからないんだけど、とにかく混沌とするというのはかなり良くない。

脳のむくみ(浮腫)というのは手術後も急には小さくならず、数週間はそのままの大きさということもあるらしい。私の場合も、手術後2週間経って撮ったMRを見ると、手術前とほとんど変わらない大きさだったりする。
浮腫が続くことにより脳圧は上がるし、合併症のリスクは高まる。後遺症も大きくなりやすい。
さらに(恐らくケースによって異なるが)、脳膿瘍を切除した後にさらに脳腫瘍が隠れているということも考えられた(んだと思う)。

これ以上浮腫が進んで脳圧が上がった場合、脳圧を下げるために暫く頭蓋骨を取り外すことも考慮に入れ(こわっ…)、重点的に経過観察するということで、ナースセンターのどまん前にある処置室に引っ越した。

この処置室で2泊したのだが、ものすごくストレスが溜まる部屋だった。
窓がない。扉を開けておかなきゃならない。一日中ナースコールの音がジャンジャン鳴り響く。すでに尿管が取れていたのでトイレに行かなくちゃならないんだけど、トイレが遠い。
半分意識は混沌としているが、残りの「正常な」意識としては、落ち着かないし眠れない。もーどうしようかと思った。

で、ストレスが極限になった頃、ラッキーなことに混沌度合いが減ってふつうに受け答えできるようになり(たぶん脳圧がピークを超えたんだね)、やっとふつうの個室に移らせてもらった。やれやれ。

テーマ : 病気
ジャンル : 心と身体

手術のあと

手術が無事に終わった。右脳の、運動野に近いところで結構大きかった。

その結果何がおきるのか?
ということで、手術後2週間ほどの状態。

【外的なこと】
左半身の麻痺、足はちょっとだけど手は全く動かない状態
左顔の歪み(ビートたけし状態)
ろれつが回らない

【意識の状態】
ぼーっとしていて記憶が曖昧
長い文節の言葉が理解できない
日常生活に支障をきたすほど、基本的なことが分からないときがある(例:トイレの流し方が分からない、服を脱いでもどういう順番で着たらいいか分からない)
2?3ヶ月前くらいまでのことをいろいろと忘れている
注意力散漫

【神経的なこと】
頭痛(今までとは違う感じ)
特に朝晩、物が二重に見える
視野が狭い、無理に見ようとすると頭に違和感
ものすごく疲れやすい

どれもこれも困ることだらけだが、最初の2週間で一番困ったのは頭痛と疲れやすいこと。リハビリに行ってもリハビリにならないとか、ざらだし。意識のことは、なにせ基本がぼーっとしているので、あまり気にならない(もっと気にしろよ)。

それにしても、脳をいじると本当に多彩な症状が出るな。言わば、まだらぼけの認知症老人、しかも身体も不自由って感じで。
もちろん私の場合は一過性だから、面白いといえば面白いけど。でもできれば体験したくはない。元に戻るかどうかいちいち不安になるし。

ところで、この期間はすっかり毒気が抜け、さっぱりと素朴でちょっと前向きないい子になっていた(と思う)。本来こういう性格なのね。よく知らなかったよ!

手術までのこと

先に書いた通り、手術当日の夕方までは別の病院にいた。そこで行ったのはCT、MRI、カテーテル(なんのかはわからないけど、下腹部から心臓方面に通すもの)など。それ以外、例えばどんな薬を飲んでいたのか、点滴はしていたのかなどは覚えていない。

しかしめきめき病状が悪化し、三日で歩けなくなり、食欲がなくなり、五日で吐き気がすごくて動けなくなる(全般的に記憶が曖昧だが)。この時点ではまだ脳腫瘍だと思っていたので、かなり絶望的だよな。

しかし別の病院で脳膿瘍の可能性が濃厚と指摘される。連れてきたらすぐさま、MRIを別の角度からも撮る。膿瘍がはっきりしたらその日のうちに緊急手術。なぜなら脳膿瘍は、素早い手術が大切だから。

なのでその通り、七日目の夕方に転院して検査し、その日の夜に手術した。
手術は1?くらいの穴を頭に開けてドレーンを差し込み、必要な箇所まで移動して膿を取り除き、穴を塞いで完了。開頭手術が全身麻酔で5時間くらいはかかるのに比べ、こちらは部分麻酔で1?2時間で終わる(私の場合は)。
さらに髪型もツルツルにする必要はなく、穴近辺の10?四方をごく短く刈り込めばオッケー。髪の多い私は、すでに近くで見ない限り全くわからない域に達している。女にツルツルはやっぱり特殊なので、これはうれしい。
手術時の記憶はないが(あっても怖いよ)、手術が終わった直後にガムテープのようなものを剥がすのが痛くて「痛い」と言ったら「もうちょっと我慢してね」と主治医に言われたり、「大丈夫です」と言ったりしていた。なんかすごいね。

結局試験管で二本半の膿を取り除いた。サイズとしては4?5?くらいでそれなりなサイズだけど、場所は右脳であんまり活用されていないエリアだからラッキーだった。(膿瘍は圧迫されているだけだから元に戻るんだけど、万が一周囲を傷つけたりした場合の後遺症の程度が右脳と左脳で大きく異なる。)

とかなんとかで手術は無事終了。しかしこれからが本当に大変なんだけど(笑)。

ちなみに…
脳膿瘍は死なないからよかったと書いたけれど、とある記述によると手術後の死亡率は10%らしい。手術後どのくらいの期間を対象にしているのかが書かれていないのでなんとも言えないけど。また「大きな膿瘍の重篤な患者は予後が悪い」とも。
まあこういうのは、全体で何%かが重要なのではなくて「私のケースで私の主治医が執刀してどうなのか」が全てだから、どうでもいい問題なんだけど。

前兆

いつから病気が始まり悪化したのかはよくわからない。今思い出すとどんな前兆があったかリスト。

1ヶ月以上前から
ずきずきする頭痛
(多分)若干ろれつが回らない

5日前から
考えがまとまらない
本格的にろれつが回らない(本人しか気付かないけど)
眠い
一部意識が朦朧としている

12時間前から
左足がもつれてどうしてもパンツが履けない ←決定打
ひどい頭痛と吐き気
後は記憶が飛んでいる(笑)

まあ、足は滅多にもつれないけど、それ以外は風邪みたいなもんだ。たいしたことない。
でも頭蓋骨は容積一定だから、脳圧はぐんぐん上がっている。私の場合は右脳の1/3くらいが腫れていた。すっげー!

どんな病気?

いきなりですが、どんな病気なの?

脳の病気。
当初は脳腫瘍(シュヨウ)の疑いが強いと言われていた。
脳腫瘍といえば、良性なら下垂体や聴覚などからくるもの、またはグリオーマのステージ低いもの、悪性なら転移性やグリオーマのステージ高いもの、といった感じである。
良性でも癒着などがあれば後遺症がたくさん残るケースもあるし、悪性なら数カ月?数年でデッドも多い。一方で良性なら完治することもある。そしてどんなタイプなのかは手術してみないとわからない。

ぼんやりと、もしかしたらあと数カ月で死んじゃうかもね、驚きだね、などと思っていた私。
なんでそんなにのんびりしているのか?といえば、意識があんまりはっきりしてないから怖くないだけ。日々どんどん悪くなり朦朧としていた(一般的に急に悪くなるのは悪性と言われるらしい)。

でだ。
全身麻酔の開頭手術(すごい言い回し…)するからにはセカンドオピニオン、常識ですね。
調べてもらった。そしたら脳膿瘍(ノウヨウ)だろうと。普通、脳膿瘍では熱が出るらしいが、熱が出ていなくても所見は脳膿瘍って話。そして諸々の要因から、素人なりにこっちが正解と判断する。

脳膿瘍っていうのは、血流に乗って何かの細菌が脳に到達し、膿が溜まる病気。多少の後遺症はあってもとにかく予後が良い。死ぬことはない。私の場合は開頭手術もなく、部分麻酔でできる(それはそれで別の意味で怖いが…)。
死ななくてすむし、後遺症も少ないし、本当に良かったね自分!などと思う隙もなく、吐くか朦朧とするかの二択でその他は考えられなかったのだが。

しかし脳膿瘍でも、入院は一筋縄では行かないのだった。その話はまた。
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