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TVチャンピオン

たまには違う話でも。

2006/3/9(木)19:30?
テレビ東京系「TVチャンピオン 芸能人弾語り王選手権」

関口出るらしいです。

真っ先に浮かんだことは、
「果たして公共の電波に乗せられるクオリティ(関口のね)なのか?」

去年の夏、「思い出のメロディー」に出ると決まった時も同じように悩んだものだ。特にあの時は悪夢のベストテンの後というのもあって、様々なサイアクの図式を思い浮かべたさ。
しかしさすがにNHK、紅白に負けず劣らずのお膳立てを施し、力ずくでも予定調和・大団円に持っていった。あれならまあ、どんな人でも外しようがないんじゃないかと思う。トシちゃんですらな。

しかし今回はNHKじゃなくて、よりによってなんでもありのテレ東系。しかも所謂バラエティときたもんだ。関口クオリティが問われるに違いない。嘉門達夫と対戦するらしいけど、寒いこと言ったりしそうだなあ…。

救いは二つ。

1. ルックスがかなり回復してきていること(12月・2月のライブ情報)
2. 収録後を含め、ここのところ本人かなりポジティブなこと(blog情報)

ああ心配。せいぜいあと10日間、思い悩むさ!!
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テーマ : 今日の1曲
ジャンル : 音楽

今ある後遺症

今日、約2.5ヶ月ぶりに出社して今後の復帰計画などを話してきた。上司や人事担当なんかと。
みんな私の体調を気遣った上で、無理のないペースで元の仕事に復帰させようと考えてくれていた。特に上司って人は(熱いところはあるが)基本的にクールな30代後半なんだけど、私の体調をむちゃくちゃ気にしてフェイルセーフの方向に考えてくれていて、ちょっと感激してしまった。

今もまだ残っている後遺症みたいなものは何か?と聞かれることは当然予測できたので、それに関してはあらかじめ「どんなかいな?」と考えておいたんだけど、

1. 顔の左半分が若干歪んでいる
2. イマイチろれつが回らない
3. たまーにコトバが出てこなくてうまく喋れないことがある
4. 左手が少し麻痺しているのでキーボードが打ちにくい
5. 無意識ではキーボードが打てないときがある(忘れてる)

って感じかと思う。
で、2と3が仕事には最も影響する。やっぱり喋りは重要。でも、既に本人以外にはほとんど気づかれない域に達しているので、あんまり問題ない。
4と5はIT業界であるため仕事に影響すると思われがちだけれど、実際にはオペレータでもプログラマでもなく、企画書書いたり要求定義やらプロモーション計画やら進捗状況やらを書いたりするのが主だから、「ゆっくり喋る速度でキーボードが打てる」必要は全くない。その1/3程度の、現在のペースでも充分仕事になる。ただ、その速度で打てないことで本人が異様にイラつくだけだ。
そしてモデルさんとかではないので、当然ながら1は全く全然関係ない(笑)。

ということで何も問題ない、という結論に到達しました。
後は、ちゃんと9時に間に合うように起きられるかが一番の課題。まあこれは病気以前からずっと、最重要課題だったんだけど(笑)。

リハビリについて

手術後すぐに開始すべきなもの、それはリハビリ。

リハビリには大きく分けて3種類ある。

1. 理学療法 → 運動能力の回復
2. 作業療法 → 日常生活に必要な技能・作業能力の回復
3. 言語療法 → コトバの回復

例えば整形外科に罹っている患者さんの場合には3は不要だし、それが足だった場合には2もほとんど要らなかったりするわけだ。
当然私のケースでは、1-3まで満遍なく必要となる。

手術後数日はベッドサイドで、車椅子で移動できるようになってからはリハビリ室に移動して、毎日2時間程度のリハビリを行う。
左足の麻痺はかなり軽かったので、理学療法はやりやすかったし成長もめざましかった。すぐにつかまり立ちができるようになり、手すりに沿って歩いたり杖をついて歩けるように。

問題は作業療法と言語療法。

作業療法は主に手を使うことになるのだが、とにかく左手が動かない。まったく動かない。
どのくらい動かないかというと、腕は最大で地面と水平までしか上がらない。痛くはないんだけど、それ以上上げようと渾身の力を込めても無駄。手はまったく開かないしほとんど閉じない(開こうと試みていることすら分からない、閉じようと試みていることは分かる)。

こういう状態が1ヶ月近く続いた。左手は浮腫んでがさがさになり、腕はすごーく細くなった。何日経っても何ひとつできるようにならないので、リハビリすること自体への張り合いも無くしつつあった。予想に反してなかなか回復の兆しが見られないため、療法士の先生たちに聞いても、どこまで機能が戻るかはなんともいえない感じだった。

ところが年末年始、4泊の仮退院が許可されて実家に帰ってみると、なぜか少しずつ左手が動くようになったではありませんか!
最初は小指から、だんだん薬指、中指と、不完全ではあるがゆっくりと曲げ伸ばしができるように。人差し指と親指はほんのちょっとだけしか動かないけれど、でも「動かしていること」がはっきりと分かるようになった。
やっぱりずっと病院にいることで、色々とストレスが溜まっていたんでしょう。実家は私の居場所もないし、比較的落ち着かない環境ではあるのだが、それでもまあ病院よりはずっとマシだ。

ということで年始からは、作業療法にも積極的に取り組むようになりましたとさ。
ちなみに作業療法だけは、今も外来で週2回リハビリを受けている。

最後に、最大の鬼門、言語療法。
これがもう、めちゃめちゃにつらい。どうつらいって「自分がいかにバカか」を日々確認するようなものだから。いや、言語聴覚士の先生はすごくいい先生だった。いい先生だったんだけど、言語療法というリハビリそのものがそういう残酷な性質を持つものってこと。

私は「考えて答えること」「パズルのようなものを解くこと」が全然できなかった。
例えば「洗濯は何のためにするものですか?」という問いに答えられない。無理やり導いた答えは、「洗濯機があるから」。(これは事実)
あるいは「知っている野菜を5つあげてください」という問いに2つしか答えられない。(これも事実)

ほんとーにバカだ。バカになったことだけがはっきり分かる。
元の職場に戻ることはおろか、こんなにバカでは単純なルーチンワークにも就けないであろう。
私は昔から、国語力や知能テスト的なことには絶対的な自信があった。それがまったく働かなくなってしまったことに、ものすごく落胆した。落胆なんてものじゃなくて、プライドも自尊心もズタボロのシオシオのプーだ。

そりゃいずれはある程度回復すると分かっていることだけど、自分のバカらしさ(昔からバカらしいよって?)を確認してうんざりする毎日で、なかなか変化が感じられない。そうこうしているうちに、言語療法を受けること自体が怖くなってしまった。

今日こそは大丈夫、きっとうまくできる、と思って席に着く。
先生が質問する。それは簡単なはずの質問だ。きっと答えられる、と思う。
でも答えは思い浮かばない。気持ちは焦るが、焦れば焦るほど答えからは遠ざかり、頭の中が真っ白になる。その繰り返し。

これについては、手の麻痺のような劇的な変化があったわけではなく、徐々に回復していった。今思えば、そういう恐怖も含めて療法士の先生に訴えればよかったのだけど。

今でも時々、あの時みたいに頭が真っ白になってしまうことがある。それは「答えが分からない」というより、ろれつが怪しいのでうまく喋れないかも→焦る→ろれつだけでなく内容も変になる、という感じ。まあ、本人以外には内容が変(本人の表現したかったことと違う)とは分からないと思うけれど。
でも、初対面やあまり親しくない人との会話はニガテになった。特に社交辞令で物事をデフォルメして言ったり、工夫して言ったりするのはやっぱりちょっと難しい。

なので、今私に褒められた人は、社交辞令なんかじゃなく100%本心で真実なので、充分に喜んでいいよ。私に褒められてもどーってもんでもないが(笑)。

テーマ : 病気
ジャンル : 心と身体

ちょっとだけ危機

手術が終わった後、一度だけ「かなりヤバイ」状態になったことがある。
というのも、手術をしてから10日くらい経った頃、目に見えて意識が混沌としてきた。といってもこれまた自分ではよくわからないんだけど、とにかく混沌とするというのはかなり良くない。

脳のむくみ(浮腫)というのは手術後も急には小さくならず、数週間はそのままの大きさということもあるらしい。私の場合も、手術後2週間経って撮ったMRを見ると、手術前とほとんど変わらない大きさだったりする。
浮腫が続くことにより脳圧は上がるし、合併症のリスクは高まる。後遺症も大きくなりやすい。
さらに(恐らくケースによって異なるが)、脳膿瘍を切除した後にさらに脳腫瘍が隠れているということも考えられた(んだと思う)。

これ以上浮腫が進んで脳圧が上がった場合、脳圧を下げるために暫く頭蓋骨を取り外すことも考慮に入れ(こわっ…)、重点的に経過観察するということで、ナースセンターのどまん前にある処置室に引っ越した。

この処置室で2泊したのだが、ものすごくストレスが溜まる部屋だった。
窓がない。扉を開けておかなきゃならない。一日中ナースコールの音がジャンジャン鳴り響く。すでに尿管が取れていたのでトイレに行かなくちゃならないんだけど、トイレが遠い。
半分意識は混沌としているが、残りの「正常な」意識としては、落ち着かないし眠れない。もーどうしようかと思った。

で、ストレスが極限になった頃、ラッキーなことに混沌度合いが減ってふつうに受け答えできるようになり(たぶん脳圧がピークを超えたんだね)、やっとふつうの個室に移らせてもらった。やれやれ。

テーマ : 病気
ジャンル : 心と身体

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