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意思決定の基準

ちょっとした人生の節目で、意思決定を迫られる(というほど大げさじゃないけど)ことってあると思う。
大きな節目には学校選びとか、就職先とか、結婚相手選びとかがあるけれど、もうちょっと小さな節目ね。例えば恋人選びとか、旅行先とか、車選びとかのレベル。

そういう小さい節目であっても(場合によっては「であるからこそ」)、その意思決定で重視するのは「自分の気持ち」だと思う。
もちろんわたしもそれは重視するんだけれど、意思決定基準の中に占める「人にインパクトを与えられるか」の割合がかなり高いことに気づいた。要は「レアか」「人を驚かせられるか」「まねできないか」といったあたりを比較的よく確認のうえ、意思決定している傾向があることに気づいてしまった。

「他人に後ろ指さされない」「人さまに笑われない」という受動的な基準で意思決定していた昔の日本人と、「意思決定プロセスで他人の目を意識している」という点で、すでに同じ病だ。むしろ目立ちたがりっぽい分、たちが悪いような気すらする。

まあ、そういう自覚ができただけマシとするか。

コメントの投稿

>おやかた

そうですか…おやかたは比較的自分の気持ちに素直なイメージだったけど、そうでもないんだなぁ。ま、よくできた嫁に選ばれたのは、本当に良かったと、他人事ながら思います。
自分の心配しろって話だろうけど。

ぼくなんて

それを言ったらもう既に強制入院くらいの重症だ。考えさせられるね。

あ、奥さん選びは主体的でしたよ、一応。選びっていうか、選んで頂いたんだけど。
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