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テレビを見て真剣に考えた

今晩放映していた,「堂本光一が有名無名老若男女20人弱を集めて車座になって議論する番組」(タイトルが分からないのでややこしいなあ)を見た。

各議論のテーマについて,私なりに意見をまとめながら視聴していたので,せっかくだから書いておくことにする。

テーマ1 学歴は必要か?
私にとっては必要。だが人間(あるいは日本国民)にとって必要かは人によって異なる。

[理由]
自分自身の現状では労働や人間関係の重要なファクターのひとつである。また,これまで学歴によって恩恵を受けてきているのは事実。いやまあ,たいした学歴じゃないが。
現在の日本社会でそこそこ楽に一人前に暮らして行ける方法として,学歴は最も効率の良い手段のひとつだと思うが,もちろん学歴がなくても困るわけではない。学歴がある/勉強ができる/学生として成功を修めるということは,人としてのタレント(才能)の一要素に過ぎない。あとは個々の才能の構成要素の中で,学歴が占める割合の高低の問題である。

テーマ2 お金は一番大切か?
非常に大切だが一番ではない。

[理由]
分かりやすい議論の噛み砕き方として「お金と愛情どちらを選ぶ?」というのがあるのでこれを例に挙げるが,この質問は「睡眠と食事,どちらを選ぶ?」というのと同じ不毛さである。答えは「どちらもある水準までは等しく必須であるため選択不可」。生物学的にどちらが優先されるべきなのかは知らないので割愛。
ある水準までは満たされることを前提とするならば,私としてはお金が一番にはなり得ない。番組中でふかわりょうが言っていて一部参加者から激しく抽象的だと非難を受けていたが,私も同意見で,「私にとってはお金で買えないものが,お金よりも大切」である。これには愛情(異性愛とは限らず)も含まれる。

テーマ3 (いじめ問題で)いじめられる方も悪いか?
色々な可能性があるため,以下の前提条件を踏まえての議論とする。
1)加害者と被害者とを明確には判別できないケースがあるが,前提として加害者と被害者とが明白であることとする。
2)「いじめる」のは作為的であるとし,結果的に相手を傷つけていたというのは含まない。
3)セクシュアルハラスメント同様,「いじめ/いじめられ」は「いじめられる側が苦痛に思うか」でその有無を判定する。
その上で考えると,いじめ=ハラスメントであるから,いじめられる方は悪くない。
しかし私の個人的な思いとしては,学校生活においてはいじめる方がより悪いが,いじめられる方にも問題がある。悪くはないが。

[理由]
いじめ=ハラスメントの場合は当然の結論。セクシュアル・ハラスメントへの処罰を適応すればおのずと唯一の結論が導き出せる。
一方,個人的な思いについて。
まず,いじめる方がいじめられる方よりも重い責任がある。いじめられる側がいじめられ要素をどれだけ出していたところで,その要素を拾っていじるかどうかは各人の判断であり,いじめる方には<いじる><いじらない>の複数の選択肢があるので,<いじる>を「選んで」いる時点で,より責任が重い。
ではいじめられる側に責任があるか。ある。理由は「自分の特質によって生じる他人の反応は,最終的には自分が折り合いをつけるべき事柄だから」。大げさに言えば,それが人間社会で生きることの一部だから。
他人からいじめられることも,褒められることも,毎日拝まれることも鼻で笑われることも,あり得る。このような他人の反応と自分自身の希望との間にギャップがある場合,それは他人に何とかしてくれといっても叶わないこともある。その場合,自分自身で解決しなければならない。
例えば「ちょっと可愛いからっていい気になってさ」と陰口を言って無視されているとしよう。(言われたことないけど。)無視されているのは不幸な経験だし,無視する方が悪いであろう。
しかし,だからといって「可愛くありません」「いい気になっていません」「無視しないでください」…等を並べて解決するとは限らない。ある種の他人から見たときに,ちょっと可愛く,いい気になっているのは事実だから。そういう人間なのだ。だから,そういう自分の特性を踏まえ,他人とどう向き合うか(とことんいい気になる,親しみやすさを出す,無視されても気にしない,学校には通わない等)を見つけて対処しなければならない。そういう責任は(一人前の)人間として不可避である。
…と思うのだが,それを子供にどこまで課したものか,という点で疑問を感じる。難問だ。当然ながら子供が当事者であるならば,間接的にかかわる大人は「自分なりの対処を見つける手助け」をすべきであり,それを怠っているのであれば当人より責任が重いのは当然である。
また,当然ではあるが命が脅かされるような場合は,このような流暢な議論の埒外となる。

と,思いました。おしまい。
ただし今日こう思ったというだけで,明日は変わっているかもしれないのでご了承ください。
まあ,当分あんまり変わらないだろうけどね。

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